はじめに
「記憶力日本一」「記憶力チャンピオン」――TVや雑誌などで取り上げていただくとき、私につけられる肩書のようなものです。事実、私は「記憶力選手権」で出場した6回すべてにおいて優勝を果たしているので、その「肩書」に偽りはありません。
また、日本人で初めて「記憶力グランドマスター」という世界的な称号も獲得しています。
記憶パフォーマンスを見ると、おそらく多くの方が「いったいどうやって覚えてるの?」と驚かれるでしょう。とくにTVでは「絵になる素材」を要求されます。
世界記憶力選手権で次の3つの条件をクリアした者だけに与えられる称号
- シャッフルした1組のトランプの順番を2分以内に記憶できること
- シャッフルしたトランプの順番を1時間で10組以上記憶できること
- ランダムに並んだ数字を1時間で1000桁以上記憶できること
たとえば、何十人もの顔と名前と肩書を軽くあいさつするだけで覚えたり、ファミレスのメニューすべてを、その独特な名称から価格、説明文までを短時間で記憶し再現したり…。
極め付きは、カンガルー専門の動物園に行き、その場で30頭のカンガルーの名前を覚えるという、TV的にはおもしろそうですけど挑戦する側にとってはとんでもない企画に協力したこともありました。
実際にカンガルーたちを見てみると、ひたすらカワイイだけで、みんな同じような顔をしています。もちろん裸なので服装の特徴もありません。毎日世話をしている飼育員さんでも見分けるのは簡単ではないということでした。さすがに私も「ちょっとムリかも…」と思いましたが、それでもオファーを請けたからには番組を盛り上げる責任があるし、記憶力グランドマスターとしてのプライドもあったので、とにかく挑戦してみることに…。結果は、27頭まで正解することができて、なんとか「おもしろい素材」を提供することができたのでした。
こうしたことは普通の人にはできないと思われているからこそ、私が出演する意味があるわけですが、ただ率直にいえば、確立された記憶の方法論を身につけ、それなりの訓練をすれば、じつは誰にでもできることでもあります。
もちろん記憶の量やスピードは、筋トレやスポーツと同じように訓練によって差が出ます。しかし一組のトランプの並びや30桁程度の数字、100個ぐらいの単語であれば、普通の人でも2~3日の訓練で記憶できるようになります。これは決しておおげさな表現でもなんでもなく、実際に多くの人に記憶法の講義をしてきたうえで見てきた事実であり、実績でもあります。
私がテクニカルディレクターを務めているアクティブ・ブレイン協会では、これまで40,000人以上もの方に記憶法を伝えてきました。
小学5年生から90歳を越える方まで、受講者のほぼすべての人の記憶力を飛躍的に向上させてきました。その生の感想や体験談は、ホームページに記載されています。
⇒アクティブブレイン協会 / 受講者の声
記憶のパフォーマンスを披露すると、まるで人間の脳力の限界を超えているかのように思われますが、実際に「超えて」みた私の実感は、「そもそもそれは限界なんかではなかった」ということです。ただ自分で勝手に「限界だ」とか、「できるわけない」と決めつけていただけだったのです。記憶法をマスターすれば、誰でも自分の脳力の素晴らしさを目の当たりにして、同じ実感を得ることができるはずです。
記憶力の頂点に立って見えた景色
記憶力の頂点に立って感じたこと、そこから見えた景色は、最初に想像したものと少し違っていました。
その一つは、記憶力の強化は単に「物覚えがよくなる」というだけのものではないということです。
記憶力とは、脳の力(脳力)の重要な要素ですが、それを高めるための強力な武器の一つは想像力(イメージ力)です。また、短時間でたくさんのことを覚えるためには集中力も要求されます。さらには、どんなに難しそうに思えることでも「必ずできる」という自信や、最後まであきらめない持続力と忍耐力も必要です。考えてみれば、それらもすべて「脳力」の要素です。
じつに記憶力は、思考力、発想力、判断力、行動力、表現力、言語力、読解力、分析力、傾聴力、共感力、洞察力…など、脳のあらゆる力と深く関わっています。ようするに記憶力が高いということは、脳力が高いということにほかなりません。
実際、記憶力を高めれば、結果的に脳力全体を高めることにつながっていくというのが、私の実感です。
また、たくさんのことが記憶されていれば、それだけ思考を組み立てたり分析したりするのに有利になります。蓄積されたデータ同士が脳内で化学反応を起こし、全く新しい発想が生まれることも少なくありません。それらはすべて、豊かな発想、思考、創造、そして自信や希望の源泉となるでしょう。
記憶力の頂点に立って感じたことのもう一つは、私たちにとってそれほど重要かつ有意義な力であるにも関わらず、それを向上させることに対しては思ったほど重視されていないということでした。
私のパフォーマンスを見て驚く人に、「練習すればあなたにもできますよ」と言っても、「よしやってみよう」と真剣に考える人はあまりいません。
企業の採用試験や入試等では、記憶された内容(知識)に関するテストはありますが、記憶力そのものに対する評価はありません。
しかし、仕事や学校の現場において必要とされるのは、記憶された内容よりも記憶力のほうであり、それが土台となって構成される脳力全般です。もちろん、記憶力の測定方法や、どのようにしたらそれを数値化できるのかなど難しい問題もあります。それゆえ、そうしたことも記憶工学の研究対象であり、その研究成果に基づいた記憶力検定試験制度の構築も記憶工学研究所(MEI)の事業の一つとして視野に入っています。
MEIに託した思い
私が記憶力の大切さに目覚め、それを鍛え始めたのは、じつは40歳を過ぎてからでした。それまでは、ごく普通レベルの記憶力だったと思います。むしろ40過ぎて少し衰えを感じたからこそ、そうしたセミナーに参加しようと考えたのでした。また学習塾を経営していたので、子供たちの成績向上にも役立たせたいという期待もありました。
もしこの記憶法をもっと若い頃から、あるいは子供の頃から知っていたら、人生は大きく変わっていたでしょう。そう思うと少し悔しくもありますが、逆にこの年代でも、テクニックと訓練次第でここまで到達できるということを自ら証明できたという喜びもあります。それどころか記憶法の講師として私は、70歳、80歳を越えても驚くほど記憶力が向上したという方を何人も見てきました。
その事実をもっと多くの人に知ってほしい、自分の脳力の素晴らしさを実感してほしい、そして日本全体の国力向上にも貢献したい――その志を実現するために2021年4月、記憶工学研究所(MEI)を起ち上げ、IP記憶法を開発しました。
記憶工学は、科学的記憶法、脳科学、心理学を融合させた新しい学問分野です。MEIは、人間の脳力を分析・研究し、それを向上させる技術の開発や普及活動を行っていくための拠点となります。
MEIが提供するプログラムは次の2つに集約されます。
- 脳の特性を知り、その使い方を学ぶ
- 科学的トレーニングによって脳力そのものを鍛え向上させる
記憶法を学び訓練することは、記憶力向上という分かりやすい結果をもたらします。それによって自分の脳力に対する自信が回復し、いろんなことに挑戦してみたくなります。
とはいえ、記憶法はあくまでも全般的な脳力の開発・強化に向かうためのスタートラインです。しかしながらそれは、とても有効かつ即効性があり、楽しく、しかも始めやすい方法です。記憶力・脳力は、訓練次第でどんどん伸びていきます。これは、単なる理想論や希望的メッセージではなく、私や多くの人の実体験によって証明された確かな事実なのです。
記憶法を既に学んだ方・挫折してしまった方へ
記憶法を既に学んだという方もたくさんいらっしゃるでしょう。それが科学理論に基づいたものであれば、きっと自分の記憶力の向上に驚き、感動されたことと思います。
ところがしばらくすると、せっかく覚えた技術も使いこなせないまま、当初の感動は薄れてしまったという話も耳にします。
記憶法を極めた一人として申し上げたいのは、みなさんがマスターした技術は決してムダではないということ。メソッドによって差はありますが、基礎的な脳力はまちがいなく大幅に向上しているはずです。あとは、それをどう使いこなすか、そしてその脳力をどうやって維持させ、より向上させていくか、という問題です。
そのためには、運動能力や楽器等の演奏技術と同様、記憶力・脳力も継続的、習慣的なトレーニング、メンテナンスが必要です。そうした方法についての研究、開発、提供していくことも私たちMEIの大きな使命だと考えています。
一般社団法人記憶工学研究所 所長 池田義博